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take_index.gif「人工呼吸器装着の意思決定をめぐるジェンダー要因—女性患者と女性介護者」

【CGS Newsletter012掲載記事】【ペーパー版と同一の文章を掲載】

ALS(=筋萎縮性側索硬化症)とは、運動神経が変性を起こす神経難病である。この病気は進行性で、未だ有効な治療法が発見されていないため、病状は徐々に進んでいく。麻痺が呼吸筋までおよべば呼吸困難におちいり、放っておけば死に至る。
病状がここまで進行すると、現状では人工呼吸器の装着以外に生存の道はない。にもかかわらず、現在、人工呼吸器の装着を選ぶALS患者は3割に満たないという。特に女性患者の場合、さらに呼吸器の装着率は下がると川口さんは語る。こうした背景にはどのような事情があるのだろうか。(編集部)

■はじめに
ALS療養当初の患者は、家族が主体になって介護をしていて、介護制度もあまり利用していない。だから呼吸筋麻痺が進み、人工呼吸器装着を検討する時、同居家族が介護を承諾した患者だけが呼吸器を選択できるのである。患者の自己決定と言われる人工呼吸器の装着も、実は家族が決定しているようなものだ。人工呼吸器の選択に際しては、昼夜休みなく24時間の介護が必要になるだけに、家族の覚悟も並大抵ではない。

■きっかけは母の介護
私は東京を拠点にさくら会というNPOと、ケアサポートモモという介護派遣事業所を運営している。ALSの患者支援に関わるようになったきっかけは、私の母が1995年にALSを患い、介護をするようになったことだった。
さくら会は2003年からヘルパー養成研修事業を開始し、翌2004年にはNPO法人を取得した。現在では国の研究事業やITサポート事業も展開している。この6年間で800名以上の新人ヘルパーに修了証を発行し、ヘルパー増員を草の根でおこなってきた。Yumiko%20Kawaguchi%20%28left%29%20and%20Misao%20Hashimoto%20%28right%29.jpg


私の母は闘病12年目の一昨年の秋に他界してしまったが、さくら会現理事長の橋本みさおさんはALSを患って25年、人工呼吸器をつけて18年目のベテラン患者で、今も元気にピアサポートを続けている。表情筋と右足の中指が少し動く以外はどこも動かせず、呼吸も含めて全介助だが、独居を実現した日本初のALS患者だ。人工呼吸療法患者の独居は、月744時間(24時間/日)以上の介護給付を埋めるヘルパーの確保、地域医療職による理解などの周囲の万全の協力態勢だけでなく、本人のセルフマネジメントあってのものだ。これだけのケア体制を、呼吸器を装着しながらの全介護状態で運営している橋本さんの生活は人間の可能性のひとつの到達点であると言える。


■生きるための条件
ALSであると診断され、告知を受ける際に、症状悪化のプロセスで必要になる治療(経管栄養や呼吸器)について話されて、最初からすんなり理解できる患者や家族はいない。だから、医師やソーシャルワーカーは、患者と家族それぞれが理解できるように小出しに情報提供する。人工呼吸器を装着し長期療養するためには何が必要なのか、などの説明は患者や家族にとって生きるための条件を提示されているのに等しい。
医療者からの説明の場では医療に関することをはじめ、療養生活全般に関して話される。医療に関することでは、まず嚥下障害で食事ができなくなれば経管栄養が必要となり、呼吸筋麻痺で呼吸が苦しくなれば呼吸器を付ける必要があることなどが話される。これらの話を聞くだけでも大変なショックだが、たたみかけるように、今度は生活のことにふれられる。
まず、ほとんどの地域では長期入院先はないので、在宅療養になる。その療養を可能にする介護力があるかどうかが家族に問われる。ここで言う介護力とは生活費や介護費などの経済的なこと、介護に専念できる家族がいること、療養場所が確保できることなどである。これらの条件を何とかクリアできなければ、長期人工呼吸療法に進めない。多くの場合、これらを満たすことのできる患者は、持ち家があり、年金生活を送る、専業主婦の配偶者がいる男性患者である。
これは当然の結果であろう。専業主婦がそのまま専任介護者にスライドできる患者が、もっとも長期人工呼吸療法に近い場所にいて、「生きる資格」をクリアできるのである。家族の中において、家事と同じく介護も未だ女性の仕事とされており、呼吸器療法へ進める可能性は男性のほうが高いのが現実だ。

■女性患者と女性介護者
もちろん性別による不均衡は、ALSの患者だけでなく家族にも存在している。
ここ1週間のうちに舞い込んできた療養相談は2件。どちらも女性患者の娘さんからだ。1件目は長野県在住の20代。近所に住む妹と協力して実家の母親の介護をしてきた。父親は海外勤務から戻ってこない。これまで日中は自分の仕事場に母親を連れて行き、夜は添い寝で介護してきた。自営業だし介護を交代してくれる妹がいたからこそ、続けることができた。だが妹が妊娠した今、自分一人で介護していかなければならない。長女の責任を感じるが、本音ではたった一人で母親の在宅介護を続ける自信がない。
2件目は40代女性。70代の母親に呼吸器を付けるかどうか、そろそろ決めなければならないと医者に言われている。母親には生きていて欲しいが、どうすればよいのかわからない。現在は休職中。父と兄がいるが、父は高齢だし、兄は仕事があるから母親の介護は頼めない。
この2人のように献身的な娘がいる家族では、母親の介護が家族間に平等に分担されることは滅多にない。気立ての良い娘は当然のように母親の世話をすることになっている。この2人も率先して母親の介護を買って出るが、不公平といった感覚はない。むしろ男には家事も介護も期待できないという前提で、女だけで母親の在宅療養を組み立てることが当然だと考えている。そんな時、男たちは「到底できない」と期待されないことに甘んじて関わろうとさえしない。

再び患者側に目を向けてみると、女性患者は長生きにつながる人工呼吸器を断る傾向が強い。女性患者は夫や子に介護されたくないと考える。介護を含む家族のケアは自分の仕事であったはすだ。それが逆転するのは何とも辛いのである。
一方、男性患者の場合は逆で、妻や子どもたちが献身的に世話をしてくれると、当初は拒絶していた呼吸器も最終的には受け入れて装着する者が少なくない。ALSの家族はケアという行為を媒介して、家族役割と「愛情」を再確認し合っているのである。
しかし、それでは女性患者から生きるチャンスを、娘たちからは就職や結婚といった生活の自由を奪ってしまう。もちろん、呼吸器装着の決定にはジェンダー以外の要因も絡んでいて、もっと複雑である。(そんなことを母の介護体験からこのほど一冊の本にまとめて、医学書院から出版していただく運びになりつつある。いずれご笑覧いただければ幸いだ。)
私はこの2人の娘さんに、介護保険と自立支援法の併用で、現在の24時間の介護負担をほぼ半分程度までなら、すぐにでも軽減できる方法があるとメールに書いて返信した。自治体との交渉次第では、さらに介護負担を軽減できるはずであると進言した。過重な介護負担から娘さんを解放し、母親患者の心理的負担が軽減されることを願って。そうすれば、母と娘はいつまでも互いに心の支えでいられるはずである。母と娘は犠牲を強いる間柄ではなく、励ましあえる関係であって欲しい。
橋本さんは「女性患者は生きられない」と吐き捨てるように言う。しかし公的介護制度の使い方が上手なのも、女性患者のほうである。橋本さんのように家族に頼らないALSの生き方を「サクラモデル」と命名し、2006年にヨコハマから海外に向けて発表したが各地の患者会では、デンマークのオーフス制度に並ぶ支援モデルとして有名になりつつある。Yumiko%20Kawaguchi.jpg


□川口有美子 (かわぐち・ゆみこ)
アドボカシー(病人の権利擁護)NPO法人さくら会理事、有限会社ケアサポートモモ代表取締役、日本ALS協会理事。
立命館大学大学院先端総合学術研究科博士課程在籍中。
11月下旬に初の著作『逝かない身体』(仮)(医学書院)が刊行予定。

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